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県立長野図書館
古文書(OD)
宗門人別帳納之義日延願
シュウモンニンベツチョウオサメノギヒノベネガイ
幕末の慶応4年(1868) 2月というと北国街道柏原宿は一般の旅人及び帰国する諸大名やその家族の通行で大混雑していた。同26日付で中村啓造・同権左衛門及び役人一同から中村六左衛門及び同徳左衛門宛の手紙である。内容は「宰相中将 (加賀藩13代前田慶寧)の母溶姫が金沢へ帰国するので3月11日に柏原宿に宿泊という触書が届いた。丁度役所へ提出する宗門人別帳を作っている最中だが溶姫の宿泊準備で宗門帳の作成は一時中断したい。」という延期願の文書である。そして「勅使巡行もあり、若し日程が重なった時は溶姫の宿泊が日延になる噂もあり困り切ってしまう。江戸では寛永寺の北白川宮が徳川慶喜の所領替え嘆願のため上京(京都へ)して江戸へは戻らないなどの噂もあり、又長岡候、庄内侯や信州の諸大名も続々帰国している。」と結んでいる。当時の街道騒擾の様子がこの文書から読み取れる。溶姫は11代将軍徳川家斉の21女で12代加賀藩主前田斉泰の正室である。
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県立長野図書館