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03OD0622207900
長野県立歴史館
古文書(OD)
小諸藩孝子伝 写
コモロハンコウシデン ウツシ
佐久郡
儒教道徳に基づく仁政を目指す為政者領主は民心を善導する手段の一つに善行への褒美を孝子・順孫・義夫・節婦などに与えた。五人組前書にも「父母に孝行を尽し兄弟親類と睦まじく」と説かれていた。ここに挙げられたのは小諸藩18世紀の事例である。褒美として与えられたのは御蔵米5俵が多い。宝暦11年(1761)山浦村粂次郎親孝行へ籾5俵、安永6年(1777)下野城村定之丞親孝行籾5俵、天明7年(1787)定之丞妻舅孝行に付籾5俵、天明9年(1789)八幡村定吉後家へ籾5俵等である。寛政6年(1794)塩名田村嘉藤次の老父がバクチ宿の件で5里四方追払いの刑を受けた時、倅が「父は老人で病身なので身代わりとして下さい」と泣いて懇願、これに対して「孝心聴き捨て難し」と父の縄を解き村払いとした特異な例、和田宿の後家さんは姑への孝行で銀5枚、姑へは死ぬまで一日米5合という例もある。
画像
CC0(PUBLIC DOMAIN)
長野県立歴史館